渋パブ・リレー・エッセイ (RELAY ESSAY)

パラシュートラブ

2010.4.23

弁護士 飯田 康仁

渋パブの弁護士、飯田です。46歳、独身です。
 全くの私ごとなのですが、実は、私、いわゆるロックバンドをやっております。
 昨年の1月に中学・高校時代の仲間と結成し、12月には地元の吉祥寺でお披露目LIVEもやりました。オリジナル中心のシンプルなロックをやっています。

私の担当パートはギターです。ギターは中学1年から始めました。ギターをやってた人は大体皆そうだと思うけれど、私も多少の教則本は買った覚えがありますが、自己流でやってきました。かっこよく言えば独学ですね。ただ、そのせいもあって、楽譜はほとんど読めません。だから、曲をつくる時も楽譜などは一切使いません(まあ、曲が単純ということもありますが…)。バンドをやったことのない人にそんな話をすると、「楽譜なくてよくできますね?」などと聞かれることもあるけれど、できるも何も、そのやり方しか知らないのだからしょうがない。
 それと、もう一つ、ギターやバンドをやったことのない人には分かりづらいと思われるのが即興演奏(アドリブ)というものでしょうか。ロックやジャズのギターソロは、アドリブで弾かれることが多いですね。私がライブで弾くギターソロも、アドリブです。練習でも本番でも全く同じフレーズを弾くことはありません。
 けれども、100%全くその場でメロディー考えて、演奏するのかと言えば、少なくとも私の場合は違います。ある曲のソロが12小節あるとすれば、「こんな感じ」というイメージだけを決めておき、柱となるフレーズを各小節ごとに散りばめておき、後はその時のノリと手の癖で対応するというものです。この「その時のノリ」というのが、弾いてる自分にとって何より楽しいものなのです。他のパート、ベースやドラムだって、音の大きさ、フレーズはやっぱりライブと練習とでは違うわけですが、ちょっとしたシンバルの入りや、バスドラの鳴りの違いによって、こっちも触発され、練習のときには出てこない、カッコいい(あくまで自分でそう思ってるだけではありますが…)フレーズが弾けてしまうものなのです。その時の快感こそ、バンドの醍醐味ですね、なんとも言えない一体感を味わえるものなのです。もちろん、その快感会得の陰には、「柱となるフレーズ」を自宅やスタジオで思いっきり練習しているという苦労があるわけです。

そんな、バンドにおけるアドリブ演奏に、「ああ、これって似てるんじゃないかな?」と思われる風景を先日目の当たりにしました。我が、法科大学院の「リーガルクリニック初級」における刑事模擬裁判のことです
 「リーガルクリニック初級」では毎年、刑事の模擬裁判を行ってきましたが、今年は、四宮先生のご担当の下、裁判員裁判用の模擬裁判を行いました。もちろん、学生達が裁判官、弁護士、検察官役をこなすわけです。学生達にとって従来の模擬裁判と大きく異なるところは、書面を見ないで、冒頭陳述、証人尋問、論告、弁論等を行うよう指示が出ていたことです。「従来の書面棒読み型の刑事裁判では、言いたいことが裁判員に伝わるわけがない」という考えのもと、書面を見ないでの法廷における各パフォーマンスに、役付きの学生らは、当初、四苦八苦しておりました。話すべき内容を緊張のあまり忘れて、急に黙り込んでしまう学生、必死に思いだそうとして、宙を睨みながらつぶやく学生等、いろいろでした。
 しかし、授業の最後のほうでは、そんな学生らも、全くの書面なしで、裁判官役、裁判員役の存在を意識して、彼らに視線を合わせ、論告・弁論等ができるようになりました。
まさに、当初とは見違えるほど堂々としたたたずまいで、裁判員役や裁判官役の学生達のちょっとした反応にも即座に対応し、話し方、リズム等も変えて論じる彼らのパフォーマンスを見て、私は、まさにバンドにおけるアドリブ演奏を思い出してしまったというわけです。
 学生達がこれほどのパフォーマンスを行えるほど成長したのは、決して論告や弁論を丸暗記したがためではないでしょう。丸暗記するのではなく、一番伝えたいことは何なのかその柱となる理論・ストーリーを徹底的に自分のものにして(理解して)、自分なりに確信を深める、それができていれば、いざ本番に何があっても、臨機応変に対応し、自分のリズムを崩すことなく論じることができる、その事に学生達が気付いたからこその結果であると思います。
 短期間での学生達の成長に心底感心するとともに、自分の仕事である法廷活動と仕事の次に大事?なバンド活動とに意外な共通点を発見した私でありました(学生達に逆に教わることは結構多々あるのですが、これもその一つですね!)。