渋パブ・リレー・エッセイ (RELAY ESSAY)

試される「人間力」

2011.7.20

弁護士 佐田 英二

今回は,新人弁護士の思い悩みの一端をお話ししようと思います。

弁護士になって半年余りが経過しました。ここに至るまでの間,私は,法学部や心理学科,法科大学院に司法修習,そして半年余りの実務の中で,それなりのことを学んできました。しかし,それでも,弁護士として身につけなければならない知見や技能のほんの一部分を修得したに過ぎません。道程は果てしなく遠く,一体いつ完成するのか杳として知れない,というのが現実です。それでもやっていくんだ,という決意のみが今の支えです。

事件を処理していく中で悩ましいのが,単純な法律論やお金の問題として処理のできない部分をどうするか,という問題です。例えば,その紛争に対して依頼者が持っている「想い」をどのように昇華するか,社会的に許されない行為をした人のその後の立ち直りをどのように手助けするか,という問題は大いに悩みます。
これらの問題に対する臨み方は,体系的に学べるものでもなく,弁護士になった後に実地に経験を積んでいくしかありません。もちろん,先輩方の経験談やしかるべき文献,心理学や法社会学の学びの中で,参考になる知見を得ることは可能です。しかし,事件も人もそれぞれに個性があり,今自分が受け持っている事件でどうするのが良いのかは,その場で考えるしかありません。先輩方から聞いた経験談等や自分自身の過去の体験から,今回の事件にふさわしいアプローチは何かを模索するしかないのです。

ある民事の交渉事件の依頼者は,相手方との話し合いがまとまらないまま,10年以上に亘ってその問題を思い悩んでいました。話し合いの中心テーマは,お金に関することでしたが,依頼者の想いの中心は,長年に亘って自分だけを不当に扱う相手方に対する憤りでした。依頼者から,相手方に対する要望や想いをじっくりと聞いた上で,事情等を整理し直し,相手方に対して,依頼者の想いを酌んだ条件提示をしました。依頼者は,そのことだけで,心が軽くなったと言ってくれました。
お金に関する条件提示の中に,さりげなく依頼者の真の想いを入れ込んだのが,依頼者にとって良かったのだと思います。

あるホームレスの万引き事件では,物を盗って食べることが当たり前になっている被告人に対して,どのように働き掛けて,今回の事件を反省してもらい,今後二度と万引きをしないようにしてもらうかが問題になりました。多数回に亘って接見に行き,時には親身になって身の上を聞き,時には厳しい口調で人の道を説き,刑務所を出た後にどのように生活を成り立たせるかについて,時間を掛けて話し合いをしました。
しかし,この被告人は,裁判のその日には,何もしゃべりませんでした。結局,私の働き掛けによっては,被告人は何も変わらなかった,ということでしょう。どのように働きかければ被告人を変えることができたのか,今でも悩んでいます。

少年の共犯事件で,従属的な立場の少年の弁護をする機会がありました。その少年は,事件に不可欠な役割を担っていたけれども,知らされていないことも多い,という立場でした。被疑者段階では,身柄解放のために準抗告をしつつ,少年に反省を促しました。続く少年審判の準備段階では,観護措置の取消しを求めつつ,引き続き少年に働き掛けをしながら,被害者や学校,家族,家裁調査官や審判官とも事前打合せをして,その少年にとって最も適切な処遇は何かを模索しました。
相手が少年ということもあり,働き掛け方は大いに悩みました。少年は,当初,自分が逮捕・勾留されたことを悲観し,事件のことや被害者のことに気持ちが及んでいなかったので,自分がどんなに重大なことをしたのかを悟らせる作業から入りました。しかし,このとき,少年が従属的な立場であったことが,却ってネックになりました。勾留に対する準抗告の申立ての中で,私が従属的な立場であることを強調して起案した申立書を,少年自身が読んでいるからです(裁判所からの決定書に申立書が添付されたため。)。そのため,少年は,自分はそこまで悪くないという思いを抱いたようです。自己弁護的な構えを持ってしまった少年に,自分のしたことをどう分からせるか,その際に,どのように優しく接するか,逆に厳しく叱るのか,匙加減を大いに悩みました。
加えて,この少年は,今回問題になっている事件に至る道筋の中に,解決しなければならない問題をいくつも抱え持っていました。それぞれの問題に対して,弁護士がどのように関わり,どのように解消の手助けをするのか,法律書には書いていないことだけに,ひとつひとつが困難な問題でした。
働き掛けを通じて,少年は変化していきました。自分自身の問題性を自覚し,その解消に向けて,できることから取り組んでいく決意をしました。その結果,少年は,少年院に送られることなく,社会内で改善更生を目指すことになりました。少年と家族の関係も良化し,今のところ順調に進んでいるようです。時々連絡をくれる,少年からの近況報告を聞くのが,楽しみになっています。

人間と人間,社会と人間との間の紛争だからこそ,法律問題以外の様々な要素が入り込んでいます。紛争解決を生業とする弁護士は,法律問題を解決するだけではなく,生身の人間が抱え持つ様々な問題も解決しなければなりません。そのためには,人間に対する深い理解が必要です。正に,その弁護士の「人間力」が試されているといえます。
今後益々,「人間力」の研鑽を積んでいこうと思いを新たにしている今日この頃です。

以 上