渋パブ・リレー・エッセイ (RELAY ESSAY)

「今日のような明日」と「今日よりも明日」

2012.10

弁護士 湊 健太郎

「今日のような明日が、また来るのよ。」
秋の日差しがほの暖かい休日の昼下がり、人の疎らな電車の中で、私の前に座っていた女性は、そう言いました。どうも、友人と「平和とは何か?」という、とらえどころのない難しい話を夢中でしていた一コマのようでした。彼女曰く、平和とは「今日のような明日がまた来ること」ということのようです。

渋パブに入所して、早くも半年が過ぎました。しかし、今日のような明日がまた来るような平穏な生活とは、まるきり無縁な毎日を送っています。出会う人・事が、すべて新しいこと尽くしです。今日の状況が明日にはどんでもなく変わっていたりします。毎日がハラハラ、ドキドキの連続です。

この感覚はどこかで…と思っていたら、大学時代にうち込んだアメリカンフットボールの練習が、まさにそうであったことを思い出しました。今日は昨日よりも良い練習をしよう!と、「昨日のような今日」「今日のような明日」に安穏しない、そういう4年間でした。それはとてもしんどいことではあるのですが、しかし、同時におもしろくもありました。
 今でも、毎週末、母校のアメリカンフットボール部でコーチをつとめています。学生時代はたくさん楽しいことがあるはずですが、それら多くのことをなげうって、フットボールに懸ける、そんな純粋さに惹かれて、毎週末、せっせとグラウンドに通っています。今は、リーグ戦の真っ盛り。スポーツは残酷なもので、勝敗がはっきりと出てしまいます。裁判のように和解があれば良いのに…と思うことも、しばしばです。しかし、勝つか負けるか、ふたつにひとつ、試合を終えたときには悲喜こもごもです。
 コーチをしているとき、後輩たちに伝えたいと思うのは、昨日よりも今日を!という姿勢です。毎日毎日続く練習を、毎日同じようにただやり過ごすのではなくて、昨日の自分よりも今日は少しでも上手く/強く/速くなったと思えるように練習をせよ、ということです。私が学生時代、先輩から教えられたことでした。今度はそれを後輩に伝える番になっています。

世の中では、毎日いろいろなことが起きています。ですが、「昨日のような今日」「今日のような明日」がまた来るような、そんな平和な毎日が一番ですし、そうあって欲しいと思います。他方、そうは言いながら、チームのコーチとしてチームに対して、あるいはそれ以上に自分自身に対して、「昨日よりも今日」、「今日よりも明日」と言いきかせながら、日々を送っている、今日このごろです。