渋パブ・リレー・エッセイ (RELAY ESSAY)

法律家としての適性

2013.01

司法修習生 廣瀬諒平

“Chance favors the prepared mind.” Chanceが主語なので、「よく準備した者のもとにだけ、幸運はやってくる」、などといったニュアンスですが、パスツールにとりChanceとは新たな発見のことだったはずで、彼が日々それに向け必死に研究を重ねていたことを考えれば、chanceがやってくるのを待っている、などという消極的なものではなく、もっと積極的な彼の姿を思い描きたい気分にもなります。主客を逆転して、「prepared mindな人だけが、chanceをそれと認識できる」などと。

 もっともこのように言い換えると、chanceの有難さが変わってきてしまうようにも思います。「やってくる」などと言うとき、chanceは、prepared mindな人めがけてどこかから飛んでくるもの、身近にはないものに感じられます。これに対し、「それと認識できる」などと言うと、あたかもchanceはそこらにありふれているかのごとくです。

 浴槽からお湯があふれ出る様に体積の測定法という一般性を見出したアルキメデスを、あるいは、りんごが木から落ちる様に重力という一般性を見出したニュートンを想うなら、ありふれたchanceという見方も、見当違いとまでは言えないでしょう。誰もが目にする様をchanceととらええたことが、彼らの天才たる所以というわけです。

 このようにパスツールの言葉を積極的にとらえ、chanceをありふれたものとみるなら、同じものを見ていながら、prepared mindな人とそうでない人は、同じものを見ていないことになります。要するに、気持ち次第、姿勢次第というわけです。

 法律学についても、同様に言えるのではないかと思います。たかが修習生ゆえ話を司法試験のためのものに絞りますが、やり方次第で、合格に向けての勉強は楽しくも、つまらなくもある、というわけです。法律家を目指す以上、どうやってもつまらない、ということはないでしょう(もしそうであれば、道を考え直した方が良いかも知れません。法律家になった後も、勉強は続けていかねばならないわけですから)。どうやれば楽しくなるか、言い換えれば、自分にとり楽しい勉強をどのように合格につなげていくか、柔軟にあれこれ工夫することは大切だと思います。

 楽しくやることを勧める理由は、短いようでなかなか長い受験に向けての期間、息切れしてしまわないようにするため、ということももちろんありますが、それ以上に、楽しくやる方が上達も早いだろうからです。「好きこそ物の上手なれ」とは、やはり的を射ていましょう。

 なるほどそうであれば、法律家としての適性とは、何よりも法律学を楽しくやれること,好きになれることなのかも知れません。そんなことも考えてみた、短いようで確かに短い修習の2か月間でした。