リーガルクリニックニュース (LEGAL CLINIC NEWS)

平成24年度公開模擬裁判
2013.04.12

弁護士 湊 健太郎

「何言ってんだ,この野郎!ここは神林だぞ!」

静寂を切り裂いて,検察官の大きな声が法廷に響き渡りました。今年度の公開模擬裁判の幕開けを飾る,検察官の冒頭陳述の始まりです。被告人は,果たして被害者から金を奪ったのか,また被害者の顔を殴打したのか――この争点をめぐって,検察官と弁護人,どちらも一歩も引かない真剣勝負が始まりました。

平成24年11月23日(金・祝),昨年度に引き続き,國學院大學法科大学院2年生有志による公開模擬裁判が,國學院大學学術メディアセンター常磐松ホールにて行われました。

弊所は,國學院大學法科大学院の2年時カリキュラムの中で,「リーガル・クリニック初級」という授業科目を提供しています。半年間の授業の前半は刑事事件を,後半は民事事件を,それぞれ素材に,民・刑事の手続きの基礎を学んでいきます。その前半戦のハイライトを飾るのが,公開模擬裁判です。リーガル・クリニックで学んだ刑事事件の手続きに関する知識と,刑事事件における弁護技術,そして刑事弁護の醍醐味を,一斉に披露する場が,公開模擬裁判なのです。
単なる模擬裁判ではなくて,「公開」模擬裁判である所以は,学外の方々に広く参加・見学をしていただいているところにあります。とりわけ渋谷区在住の方々には,実際に裁判員を務めていただいています。ですから,検察官,弁護人両役の学生諸君は,最後の判決の段階で一体どのような判断が下されるのか,まったく予想が出来ません。全く本当の裁判さながら,筋書きのないドラマゆえ,会場には緊張感が張り詰めます。

今年度は,強盗致傷被告事件が素材でした。被告人は,神林公園近辺で寝泊りする労務者。頻繁に神林公園で車座になって仲間と酒盛りをしていました。そんなある日に起こった,強盗致傷事件。被告人の知り合いが,被害者からお金を奪い,殴って怪我をさせたのでした。しかし,被告人自身は「お金を奪っていないし,殴ってもいない。」と主張します。被告人はただ見ていただけなのか,あるいは積極的に共犯者に荷担していたのか。犯罪の成否が,まさに問題となりました。

まずは,登壇者をご紹介しましょう。
裁判官役,検察官役,弁護人役は國學院大學法科大学院2年生の学生さんです。正規授業での厳しくも温かい指導を経て,学生諸君は皆,授業当初より一回りも二回りも頼もしくなって,今日という日を迎えました。本番当日までの間,連日連夜,夜遅くまで入念な準備を行い,当日もまだ朝霧が残る早朝からリハーサルに余念がありません。リーガル・クリニックが始まった最初の授業では,あまりにたどたどしくて,本当に大丈夫だろうか,と心配になったほどでしたが,ところが今や見違えるほどに頼もしくなっていました。公開模擬裁判は正規授業外という位置づけなので,学生の参加は任意なのですが,多くの学生が登壇に立候補してくれました。あまりに立候補者が多すぎて,全員が登壇できずに順次入れ替わって登壇せざるを得ないほどでした。積極的な参加の姿勢を見せてくれることは,リーガル・クリニックを提供している弊所にとって嬉しい限りです。
次に,被告人と証人役は,弊所の弁護士が扮します。各証人は役作りに余念がなく,こちらも真剣勝負です。模擬裁判終了後の懇親会の席上,私は,裁判員をつとめられた区民の方から,「被害者役の人はいったいどこの劇団の人ですか?」と聞かれてしまいました。言うまでもなく,被害者役を担当した飯田弁護士は(多才な人ですが)弁護士です。
そして,裁判員役は,前述のとおり,渋谷区の市民の方々です。年齢層も,性別も,幅広い方にお集まりいただきました。この場をお借りして,ご協力いただきましたこと,御礼申し上げます。

公判の最初を飾るのは,冒頭陳述です。冒頭陳述は,検察官,弁護人双方の主張が初めて法廷で明らかにされる,緊張の瞬間です。お互いがどういうストーリーを語るのか,どこが食い違っていて,何が争点となるのか,がここで初めて明らかになります。
従来の刑事裁判では,検察官・弁護人とも,あらかじめ用意した書面を朗読するという形式が圧倒的な主流をなしていました。しかし,裁判員裁判の導入を機に,書面を持たず,口から耳へ直接語りかける冒頭陳述が行われつつあります。もちろん,未来の弁護人,検察官である学生諸君は,書面をもたず,裁判員の目を見て,その心に向かって語りかけていきます。書面を読み上げるのではないからこそ感じられる,生の言葉,声の調子,抑揚,そしてこれらから生み出される生の迫力,です。

冒頭陳述に引き続くのは,証拠調手続きです。まずは,書面や証拠物の取調べです。書面は朗読され,証拠物は展示(実物を見て,触ってもらうこと)します。
それが済むといよいよ,証人尋問です。今年度の証人は3人。@被告人が被害者を殴っているのを見たと証言している目撃者(齋藤弁護士),A実際に被害者からお金を奪い,被害者を殴った共犯者(河合弁護士),B被害者本人(飯田弁護士),の3人です。
@目撃者は,被告人が被害者を殴っているのを本当に見たのでしょうか?たしかに,検察官からの尋問に対して,目撃者は,「被告人が被害者を殴っているのを見た」と証言しました。しかし,果たしてそれは本当なのか?弁護人は反対尋問で,現場の見取り図を巧みに使い位置関係を丁寧に確認しながら,目撃者の証言内容をぎりぎりと追及していきます。距離はどうだったのか?視界に遮断物は存在しなかったのか?――目撃者は本当に目撃していたのでしょうか。被告人が被害者を殴ったと思い込んでいるだけではないのでしょうか。

検察官の主尋問の中で,A共犯者は,「被告人が被害者を殴った」と証言しました。が,果たして本当のことを述べているのでしょうか?自分の責任を軽くするために,被告人に責任をなすりつけようとしているのではないでしょうか?弁護人は,共犯者の証言の矛盾点を追及していきます。
B被害者は,「被告人に殴られた」と証言しましたが,本当にそうなのでしょうか?いきなり被害に遭って,気が動転し,共犯者の行為と被告人の行為を混同してはいなかったでしょうか?実はよく覚えていないことを,その後の警察官・検察官による取調べの中で,記憶が間違って塗り替えられ,塗り固められはしなかったでしょうか?弁護人は,被害者の捜査段階初期の供述をひもときながら,この点を追及していきます。

証人の尋問が終わると,公判のグランド・フィナーレ・被告人(当職)の登場です。弁護人役の学生諸君は,上手に被告人から被告人の語るストーリーを引き出していきます。自分はお金を奪ってはいない,奪ったのは共犯者であり,自分はその場には居なかった,被害者を殴ってはいないし,むしろ共犯者が殴るのを止めようとしたのだ,と。それに対して,検察官は,被告人の供述の矛盾点を突いていきます。裁判員の方からも被告人に対して鋭い質問がなされ,まさに本裁判の山場というにふさわしいものとなりました。
証拠調手続きが済むと,論告・求刑,最終弁論です。検察官及び弁護人が,それぞれ証拠調べの中で法廷に顕出した諸事実を一本の糸(ストーリー)につなげていきます。検察官・弁護人のそれぞれからそれぞれのストーリーが示され,裁判官,裁判員は,どちらのストーリーが真実らしいか,を判断するのです。

弁護人の最終弁論が済むと,法廷は休廷となります。休廷の間,裁判官及び裁判員は別室で評議に入ります。評議は非公開です。これは本当の裁判員裁判も同じです。自分の思うところを率直に開陳して,議論を率直にぶつけ合えるようにするために非公開とされています。後で聞いたところによると,1時間の評議は,実に密度の濃いものだったようです。裁判員の方々も活発にご発言いただき,裁判員裁判と呼ぶにふさわしい評議でありました。ここで忘れてはならないのが,裁判官役をつとめた学生諸君の存在です。裁判員の方々に発言してもらいやすくするよう,最初の顔合わせの段から,打ち解けたムードを演出し,お互いの信頼関係を徐々に醸成していくことが必要です。評議での議論の活発度は,この信頼関係の成否・程度に依存すると言って過言ではありません。その点で,今回,評議が活発化したのも,ひとえに裁判官役の学生諸君の努力の賜物と言えるでしょう。

ところで,その頃,会場では,弊所所属の四宮弁護士から,裁判員裁判導入の経緯及び裁判員裁判のこれからについて,講演がなされました。言うまでもなく,四宮弁護士は日本を代表する刑事弁護人であり,裁判員裁判の生みの親でもあります。そんな四宮弁護士の講演が,公開模擬裁判に花を添えます。

講演に引き続き,会場全体で模擬評議が行われました。その結果は,「被告人は無罪」とする意見が多数を占めました。弁護人役の学生はほっと,ひと安心。

「起立!」の掛け声のもと,裁判官及び裁判員の入場です。再開された法廷でこれから行われるのは,判決宣告です。これまでの法廷活動は,須くこの一瞬のために向けられてきました。検察官,弁護人,被告人,そして会場全体に緊張が張り詰める中,裁判長の声だけが,朗々と法廷に響き渡ります。
「被告人を懲役1年に処する。その刑の執行を2年間猶予する。」
検察官の求刑は懲役7年。検察官の顔がゆがみます。弁護人も,無罪を確信していただけに,物足りな気な様子でした。

今回の模擬裁判には,実はもうひとつ裁判体が用意されていました。それは國學院大學の法学部生有志による裁判体2チームです。法学部の学生諸君は,会場の最前列に座って,実に熱心に裁判の経緯を傍聴していました。登壇していた私からはその様子がよく見えたのですが,尋問内容を一言一句メモにとる法学部生の熱心さに驚かされました。その法学部生による裁判体の結論は,両チームとも「懲役2年,執行猶予3年」でした。やはり,その辺りが落ち着き所だったのでしょうか。

このように,本年の公開模擬裁判も盛況のうちに終えることができました。裁判員として参加してくださった近隣住民の方々,裁判体を構成してくれた法学部生のみなさん,そして空がぐずつく中,会場まで足を運んでくださった一般市民の方々に,深く御礼を申し上げます。また来年以降も,新しいメンバーで公開模擬裁判を実施しますので,是非,会場の方へおいでください。

最後に,公開模擬裁判の歴史の中で今回初めての出来事について。
今回の模擬裁判には,裁判体を構成するメンバーの中に,法学部生に交じって,一人の高校生の参加がありました。刑事裁判では難しい用語が出てきますし,難しい法律論も戦わされます。しかし,そんな中で高校生が法学部生とともに果敢に挑戦してくれたことを,私は嬉しく思います。法科大学院生が「未来の法曹」であるならば,そして法学部生が「未来の・未来の法曹」であるならば,今回参加してくれた高校生は,「未来の・未来の・未来の法曹」ということになるのでしょう。今回の模擬裁判をきっかけに,法曹という職業に興味をもち,その途を志してくれることになれば,私たちとしてもこの上ない喜びです。弊所は法曹養成に積極的にコミットしていくことを設立趣旨としていますが,差し当たっては,法科大学院生への教育ということを念頭に置いています。しかし,今回のような形での「法曹養成」があるということを,私は今回,実感することができました。息の長い話しなのかもしれませんが,今日という日をきっかけに,小さな芽が息吹き,大樹に成長していってくれることを願っています。